水島あやめと高尾光子

2014/11/23

水島あやめ(23歳)は、松竹蒲田第2作「母よ恋し」で、初めて子役の高尾光子をコンビを組んだ。この「光ちゃん」こと名子役高尾光子とのコンビの誕生は、脚本家水島あやめの方向を決めるうえで、大きな意味を持つことになる。

小藤田正一、藤田房子・陽子姉妹、小桜葉子など、蒲田撮影所所属の子役のなかで、最も人気の高かったのが高尾光子であった。一重まぶたの日本人好みの愛らしさで、純真可憐なあどけない演技は、水島の作品にマッチした。

水島は、松竹蒲田脚本部に在籍したおよそ10年間に、28作が映画化され公開されている。そのうち14作に、高尾光子は出演し、ほとんどの作品で主演している。「母よ恋し」を皮切りに、「いとしの我子」「曲馬団の姉妹」(以上、大正15年公開)、「孤児」「天使の罪」(以上、昭和2年)、「故郷の空」「神への道」「空の彼方へ」「をとめ心」「美しき朋輩たち」(以上、昭和3年)、「明け行く空」「親」(以上、昭和4年)、「純情」(昭和5年)、「美しき愛」(昭和6年)の14作で、そのうち10作は水島の原作・脚本の「少女悲劇」「母もの」であった。

「日本無声映画俳優名鑑」(4無声映画鑑賞会/(株)アーバン・コネクション)によれば、高尾光子は小学入学前に日活向島製作の「嵐の舞」(1921)でデビューし、その後松竹蒲田へ移籍。「日本人好みの愛らしさが評判を呼び、悲劇の子役として人気もでた」ので、例えば水島脚本作「明け行く空」(1929)などのように主演映画が企画されるようになった。「子役でスターになったのは彼女が最初であり、高峰秀子が登場するまでは、子役の第一人者であった」と紹介されている。1980年11月22日、心不全で亡くなっている。

高尾光子(サイン入り)

2014/11/23
no.182

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