解説・挿話カテゴリ: 小笠原プロダクション

小笠原プロの果たした役割

小笠原プロの果たした役割

2014年06月29日

小笠原プロは活動期間の短い小さな独立プロではあった。しかし、日本映画史において果たした役割は、けっして小さくはなかった。 ひとつは、このプロダクションを足がかりにし、あるいは羽休めにして、その後活躍し映画史に名を残した映 […]

小笠原プロの解散

小笠原プロの解散

2014年06月28日

水島あやめ(22歳)を我が国初の女性脚本家として世に送り出した小笠原プロダクションではあったが、映画「水兵の母」の成功が思わぬ事態をもたらし、存続の危機に直面する。後年、水島はこう書き残している。 「これ(「水兵の母」) […]

上野精養軒と城戸四郎

上野精養軒と城戸四郎

2014年06月26日

映画「水兵の母」の完成試写会が催された上野精養軒は、東京ではじめての西洋料理の専門店である。鹿鳴館時代には、内外の王侯貴族や名士が馬車で駆けつけるなど、華やかな文明開化の一舞台として栄え、大正時代になっても上流階層の接待 […]

殺到する取材攻勢

殺到する取材攻勢

2014年06月25日

「水兵の母」が大ヒットしたことで、水島あやめ(22歳)の身辺は急変する。ペンネームの効果もなく、大学内でも噂がたってしまう。その時の様子が、日本女子大学の機関紙「家庭週報」昭和4年6月14日号に載っている。記事を書いたの […]

「水兵の母」の評価

「水兵の母」の評価

2014年06月24日

映画「水兵の母」は、絶対的な後ろ盾があり注目を浴びながらも、映画としての評価は惨憺たるものであった。 「小笠原プロダクシヨンがこけ脅しの大業な肩書を付けて発表した軍事劇であるが、内容は小学校の教科書にある小挿話に過ぎない […]

明峰の「水兵の母」ロケ秘話

明峰の「水兵の母」ロケ秘話

2014年06月23日

小笠原明峰は、雑誌「映画時代」の昭和2年9月号に「海のロケーション」と題した撮影秘話を寄せている。小笠原プロが製作した「水兵の母」「我は海の子」と、小笠原プロ解散後に明峰が特作映画社に移って監督した「極楽島の女王」(脚本 […]

レコード盤「水兵の母」のこと

レコード盤「水兵の母」のこと

2014年06月22日

「水兵の母」は、昭和の初めにニッポノホン(日本コロンビアの前身)によってレコード化(2枚組み)されており、国立近代美術館フィルムセンターに現在も保存されている。 逸話「水兵の母」について、作者である小笠原長生自身が「持囃 […]

「水兵の母」、大ヒットす

「水兵の母」、大ヒットす

2014年06月21日

国定教科書の人気教材、海軍省の全面的協力、大正天皇の天覧、皇族の台覧、東郷元帥や犬養逓信相をはじめとする朝野の重鎮たちを招いての完成祝賀会と試写会…。鳴り物入りで公開された映画「水兵の母」。お墨付きの効果は絶大であった。 […]

「水兵の母」天覧、台覧される

「水兵の母」天覧、台覧される

2014年06月15日

海軍省の全面的な協力のもとで制作された映画「水兵の母」は、犬養毅逓信大臣や東郷平八郎元帥をはじめとする朝野の重鎮たちを招いて完成披露宴と試写会が催された。これだけでも異例なことだが、試写会後の展開は、さらに水島あやめ(2 […]

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