大正14年(1925)〔22歳〕

1925年 幼少・学生時代脚本家時代

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1月12日、映画『水兵の母』(監督小笠原明峰)の完成試写会と披露宴が、上野精養軒で開催される。
東郷平八郎、農相高橋是清、逓相犬養毅、海軍大将米内光正、床次竹二郎ら政界、軍の要人が来賓として招かれた。

1月19日、皇太子殿下(昭和天皇)、妃殿下が、同映画を台覧される。

2月9日、大正天皇が、静養先の葉山御用邸で天覧される。

3月5日、『水兵の母』、神戸キネマ倶楽部ほか全国各地で公開。50本のフィルムが作製され、うち23本が全国を巡回、国民的話題となる。
大ヒットした『水兵の母』は、小笠原プロダクションを一躍有名にする。
女性シナリオライター第一号として、新聞社の取材が殺到。日本女子大学では映画見物でさえ禁止されており、退学を恐れ、卒業まで待って欲しいと懇願する。

3月27日、日本女子大学を卒業。

4月、「東洋のハリウッド」松竹キネマ蒲田撮影所脚本部の見習い所員となる。

8月、雑誌『料理の友』の懸賞で、通俗小説「涙涸れねど」が二等に当籤。賞金を貰う。

10月、特作映画社設立。あやめが学生時代に書いたシナリオ『極楽島の女王』を第一作として映画化すると発表。
主演は高島愛子。内田吐夢、栗原トーマスらが出演。撮影を、ヘンリー小谷、碧川道夫が担当した。

12月26日、冒険活劇『極楽島の女王』(監督小笠原明峰)が帝国劇場で公開される。

12月27日、城戸四郎の発をのもとに書いた水島あやめ原作『お坊ちゃん』が、人気スター・諸口十九の帰朝第一回主演映画の脚本募集に応募3000作品の一等に当選、映画化が決まる。

この年、蒲田撮影所に近い矢口町下丸子五二七番地に引っ越す。

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