蒲田脚本部

雑誌「劇と映画」大正15年3月号のこと

雑誌「劇と映画」大正15年3月号のこと

2015年10月06日 ,

去る9月26日に神田の古書店で手に入れた雑誌について。この1冊には水島あやめの作品が3作取り上げられている。映画の公開日の順に紹介したい。 まず、水島脚本「極楽島の女王」(特作映画社第一回作品・大正14年12月26日公開 […]

大坂志郎・笠智衆・小津安二郎のこと

大坂志郎・笠智衆・小津安二郎のこと

2015年03月15日

晩年に交流の深かった本多正氏について、水島あやめ(1903-1990)は、こんな手紙を書いている。 「…本多さんは、眉から眼のあたり、先ごろ亡くなった名脇役の大阪(坂)志郎さんに、似てますね。あの人は、私が蒲田へ居たころ […]

「水島映画」の特長

「水島映画」の特長

2015年03月14日

水島あやめが原作と脚本の両方を書いて製作された公開作品から、「水島映画」の特長を整理したい。前回あげた17作品を整理すると、次のようになる。17作品すべてに共通するのは、母・娘(少女)・若い女性・夫人(奥様)が主要な役割 […]

水島あやめの原作脚本映画

水島あやめの原作脚本映画

2015年03月14日

水島あやめ(1903-1990)が原作または脚本(あるいは両方)を書いて製作公開された映画作品は、全部で31作。小笠原プロダクションで2作、特作映画社で1作、松竹蒲田撮影所で28作であった。これらのほかに、完成したものの […]

故郷を想う

故郷を想う

2015年03月08日 , ,

水島あやめは、大正14年から昭和10年までのおよそ10年間を、松竹蒲田脚本部でただ一人の女性脚本家として活躍した。その間で、昭和2年から同5年が水島の脚本家としての絶頂期だったと思われる。年齢では24歳から27歳迄に当た […]

「スタヂオ参観記」①―日本女子大同窓生の記録から

「スタヂオ参観記」①―日本女子大同窓生の記録から

2015年03月08日

日本女子大学機関紙「家庭週報」(昭和4年6月14日号)に掲載された「蒲田スダヂオに水島あやめ姉を訪ふ」から、当時の蒲田撮影所の内側の様子を見てみたい。良識家たちからは「映画は不良の集まり」くらいに見下げられていた頃に、日 […]

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